2018年06月08日

横田広域警察24時〜黄昏のおっさんスナイパー〜

いつも笑顔で何事にも動じない。オジン先輩は狙撃手としてYPD SWATに臨時配属され、横田広域警察でも最強の助っ人として重宝されていた。先輩は口数こそ少ないが、常に周囲の仲間に気を配り、フォローしてくれる。非番の日は近所の美味いもの探しをしているという。割と殺伐とした仕事なのに、出動時以外はいつも楽しそうにしている。
オジン先輩の過去を知る人はごく僅かだった。

〜20XX年 某所〜
廃工場しかない海の果ての小さな島を巡って、国家間の小競り合いが続いていた。外交を舞台にした盛大な口喧嘩は次第にエスカレートし、海と空で睨み合っている。武力衝突にならないよう、相手の手の内を探りながらの挑発合戦。そんな危うい安定が崩れたのは、かの国の漁船団が大挙して島の周囲に押し寄せ、その一部が上陸したせいだ。漁船のエンジントラブルを言い訳に上陸を果たした漁民は、およそ民生品とは思えない暗緑色のケースを大量に陸上げし、島に居座る様子を見せた。慌てた政府は機動隊をヘリで送り込み、漁民を追い出すことにした。だが、その判断はベストではなかった。
「重武装の漁民約40名を確認…」無線連絡は呆気なく途絶した。偵察衛星の画像解析により警察官は武装漁民に拘束されていることが判明し、警察力では手に負えないと判断した政府は、SOFの投入を決定した。
横田広域警察24時〜黄昏のおっさんスナイパー〜
「3倍返しだ、ガハハ」中隊長が笑った。夕闇を分けて島へ向かうチヌークの中、実戦の空気に包まれたメンバーは若干の高揚感を隠しきれなかった。隊でも古参の狙撃手Odinは転属間近ということもあり「上陸隊本部付」という役職を与えられ、自分より少し若い中隊長を笑いながら見守っていた。二人は中東へ極秘裏に派遣された実動部隊の中でも、現役で隊に在籍している数少ないメンバーだった。Odinは後輩隊員からコールサインをもじって「オジン先輩」と呼ばれていたが、本人は満更でもなかった。手にする武器は米軍お下がりのMk12…他の隊員と弾倉を共用できる便利さから、数ヶ月前に急遽装備変更したところだった。帳簿上では、用廃待ちのM4を改修したことになっている。長距離射撃には向かないが、軽快だし連射できるのは大きな強みだ。
横田広域警察24時〜黄昏のおっさんスナイパー〜
不気味なほどスムーズに島へ上陸したSOFの上陸部隊は、しばらくして警察官が拘束されている谷間に到着した。ROEに従い武装漁民に警告を発すると、銃弾の返礼があった。ここぞとばかりに反撃を開始すると、あっという間に武装漁民は逃走を始めた。ほぼ無傷で残された警察官を収容し、LZまで後送。迎えに来たチヌークに警察官を押し込み、残ったSOFは漁民の逮捕に向かった。
島の隅に漁民を追い込むため、包囲線をジワジワと狭める…あまりに楽勝すぎる展開に誰もが違和感を感じていた時、耳慣れないローター音が多数聞こえてきた。まさかとは思いつつもヘリボーン強襲を受けたことを一同は理解する。エアカバーはどうなっているんだ?味方への疑惑が頭を過ぎる間にも、すぐそこでホバリングするヘリから信じられないスピードで完全武装の兵士が降りてくる。司令部に交戦許可を求めたが、「待て」の一点張りである。「撃たれたら即撃ち返せ!」血気盛んな中隊長が怒鳴るのと敵が発砲するのはほぼ同時だった。武装漁民とは違って、なかなかに手強い敵だった。敵の一部は背後にも降着しており、包囲される危険があった。「LZに後退!」今更、漁民逮捕もクソもない。早くズラかるべきだ。迎えのヘリは既に手配済み、すぐに来るはずだ。
後方にいた敵を撃破し、LZに到達。もうしばらくすればチヌークが到着する。Odinは東の空を凝視していた。すると、打ち上げ花火のような光が幾つも空に向かって飛んでいくのが見えた。極めてマズいことになった。数秒後、複数の火球が水平線近くに現れた。程なくして無線手がチヌークとの通信途絶を報告してくる。通信が回復することはもうないだろう。
艦艇での撤収を上申したが、周辺の船は全て漁船の体当たり攻撃で行動不能になったらしい。いよいよ絵に描いたような袋の鼠だ。
LZの反対側の海岸には、複数の揚陸艇がビーチングしていた。偵察結果からすると、敵の数は数百人になる。ヘリボーンで先行した敵が合流し、編成完結式のような「戦術的に不要な儀式」をやっている間に島の中程まで進出したが、約5倍の敵を相手にするのは難しい。
交戦が始まると激しい銃撃戦になった。司令部からは「敵を撃退せよ」という指示しか来ない。
「どんな時でもフル弾倉」をモットーにしている中隊長の指導は正解だった。凄まじい勢いで弾薬を消費していく。仲間の損害も激しい。交戦開始から1時間程度で兵力は半分になった。これ以上の維持は不可能と判断し、LZ付近まで後退する。
圧倒的な兵力差があるのに敵の出方が割と慎重なのは、SOF各隊員の技量の高さもあるが、Odinが偵察ドローンを片っ端から撃ち落としたからだった。敵はハイテク戦に慣れてしまったらしく、ドローンの偵察情報がないと戦いにくいらしい。
とはいえ、上陸隊が再度LZに到達する頃には残存兵力は3割程度になっていた。このままでは全滅しかねない。再三に渡る航空支援も却下されている。遊弋する敵艦艇のせいで接近できないらしい。自国の領域内で、まさかの孤立無縁であった。
全員が諦めかけた時、朗報が入った。米軍の爆撃機が島を絨毯爆撃する。あと15分持ち堪えればいい。…残り20人弱でどれほと持ち堪えられるかはわからないが。
Odinは出血多量で意識が朦朧としながらも、どうにか戦闘を継続していた。敵の猛攻に対抗するためには倒れている暇はない。少しでも多く敵を倒してやる。残りの弾薬は1人当たり2弾倉分、中隊長以下の残存兵力で無傷な者はいない。いよいよ年貢の納め時が近いなと弱気になっていたその時、微かなジェット音が聞こえてきた。もうすぐ爆弾の雨が降り注いでくるのがわかる。満身創痍の中隊長が高笑いしている。Odinも空を見上げると笑いがこみ上げてきた。いい気分だ、全部吹き飛ばせ!
爆風でOdinはノビてしまい、気が付いた時にはRHIBの上で応急処置を受けていた。SBU隊員が司令部の命令を無視し、航続距離ギリギリのところで救出に来てくれたらしい。
爆撃は成功し、数十トンもの爆弾がLZを除く島の全域に降り注いだ。島から救出されたSOFは8名、被害は甚大だが「警察官の救出」という任務は達成できた。
帰還を果たした生き残りは全員がPTSD扱いになり、即転属となった。Odinは警務への転属を命ぜられたが、何故かそのまま警視庁に出向となった。勤務先は横田広域警察、聞き慣れない名前だが窓際で飼い殺しにされるよりはマシだろう。
転属直前の朝、病院の中庭にSOFの残存メンバーが集められ、中隊長の訓示を受けた。
「諸君は損害を顧みず任務を完遂し、生還した。警察官は全員無事だそうだ、喜んでくれ。」実戦経験は初ではなかったが、流石に精神的ダメージが大きかったらしい。憔悴しきった顔で中隊長は続けた。
「今回の件は、クーデターを企てた戦区司令官の暴走による偶発的事態ということになったらしい。連中ナメやがって…いつか借りは返してやる。諸君も二度と奴等にナメた真似をさせないよう、この国を強くするために尽力してくれ」中隊長の訓示はそこで終わった。普段は顔に似合わない知的な話題を口にするのだが、今回ばかりは感情を剥き出しにした訓示だった。
Odinは松葉杖をさすりながら、小さな島で倒れていった仲間達を思い出した。様々な感情が渦を巻き、冷静さを装うのに必死になっていた。畜生、と呟いてから、ゆっくりと歩き始めた。新しい任務に打ち込めば、心の平穏は戻ってくるかもしれない。
いや、そんな筈はない。
Odinは深い溜息をつきながら、転属の申告に備えて制服に着替えるため、自室へと戻った。




タグ :YPD雑談


Posted by m14gbbshooter at 23:33│Comments(0)
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