2020年06月19日

YPD in Action外伝 〜 Cold Steel 〜

この物語はフィクションです。ファンタジー、SFが苦手な方はご遠慮くださいますよう、よろしくお願い致します。
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YPD in Action外伝 〜 Cold Steel 〜

長い夢を見た。

対テロ特別警戒、即時待機のフル装備で過ごした1日の終わり、いささか寝過ぎた仮眠から目覚めると、もう交代の時刻だった。やけに土に汚れた装具を外し、武器点検すると…拳銃弾が足りない。冷や汗が噴き出した。夢の中で発砲した記憶はあるが、ちょうどその弾数分だけ減っている上、煤汚れも残っている。弾薬自体は訓練弾をちょろまかせばどうにかなるが、一体どういうことか。待機室の中を見回しても、弾痕は見当たらない。室外に出た形跡も無かった。
…まさか夢ではなかったというのか。そんな筈はない。有り得ない話だ。しかし、もしやと思って装具を改めて調べたら、ナイフもシースごと無くなっている。

さっきまで見ていた夢は、何百年も前の世界が舞台だった。

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目が覚めた時、何故か古民家風の部屋にいた。いや、何故かはわかる。俺はー
「オカシラ様!オカシラ様!」
御頭様、と配下の者は呼んでくれる。この一帯を仕切り、小競り合いから里を守りながら時々畑仕事をこなす、兼業農家のいわゆる地方豪族だ。山に囲まれたこの里では米や雑穀、芋などの農業の他に、僅かながら養蚕も行われている。
「里長が参ります。和田の手の者に動きがあるとかで…御頭様、その装束はどうされたのですか?」「着替えるから気にするな、新しい戦装束じゃ」
服を着替えて里長の対応に向かう。一族の頭の家だけあって、客間もそれなりに用意されている。
「鼎殿、和田の手の者に不穏な動きがありましてお伝えに参りました」
鼎源氏、歴史に埋もれた弱小豪族の1人…と理解したのは21世紀の記憶があるからだろう。対テロ特別警戒待機のため、フル装備のまま待機所の仮眠室でウトウトしていた俺は、最近なにかと武蔵国を騒がせる小競り合いに気を揉んでいる地方豪族としてここにいる。どちらの記憶も自分自身だという感覚があるが、疑問には思っていない。まあ、そんなもんだ。どちらも俺自身だ。
「和田が動くか…これは荒れるやもしれぬな。また何かわかれば教えてくだされ」
「はい。この地を荒らされるのは本望ではありませぬから。それでは」
里長が帰り、入れ替わりに目つきの鋭い少女が入ってきた。いや、元服する年頃の女性に少女とは失礼かもしれない。
「おい若造、千代に話すことができたのだろう?」一人称がチヨというこの少女は、鼎一族の懐刀として長年仕えてくれている相談役兼ボディガードだ。本人の話が本当であるなら、正体は少女ではなく雌の化け猫である。
「ああ、和田が戦支度の真似事をしているらしい。こちらの頭数は精々30、数百を超える手勢には厳しいやもしれぬな」
「千代に任せるがよい。源氏には大旦那様と同じ位恩義があるからな。特別じゃ」
千代はこの地に居を構えた鼎家の初代に命を助けられて以来、一族を影で見守る存在として生きてきたらしい。幼少期に偶々その存在を知った俺は、遊び相手として一緒に過ごした千代を表の世界に引きずり出した。息子に「源氏」などという大層な名前を付ける親だから、大して気にもせず活用もしていない裏世界の人間など、扱いを変えようが些事だったのだろう。友達と大手を振って遊びたいという子供の我儘はあっさり認められ、千代は影の存在ではなくなった。
影の存在云々はさておき、物の怪の扱いがこんなにいい加減で良いのだろうか。貴重な人材は一族のためにも…と考えたところでふと気付いた。そもそも鼎家という存在はそんな大それたものではない。手勢は1個小隊ほどの規模だし、鼎一族といえば聞こえはいいが、遡っても片手で足りる程の系譜でしかない。なにしろ、後世に残された記録もないのだ…。

「ところで、ぬしの部屋にあった小刀、ちくと見せてはくれぬか?珍しい拵をしておるな」
拳銃と一緒に携帯していたナイフのことを言っているのだろう。コールドスチールのSRK、お気に入りの一本だ。
YPD in Action外伝 〜 Cold Steel 〜
デザインに一目惚れして買ったナイフだが、シールズなど米軍でも使用されていると知って驚いた。黒くコーティングされたブレードも格好良い。
「いいけど手荒に扱うなよ、大事な物だ」
「若造が。誰に刀捌きの手ほどきを受けたかよく思い出すがよい」
千代は武器の取り扱いを教えてくれた師匠だった。
YPD in Action外伝 〜 Cold Steel 〜

「和田の動きを見てくる。その後で存分に触ってくれ」
その一言を聞くと、満面の笑みで千代は部屋から出て行った。

自分の目で偵察してきたが、和田派の軍勢500名が全面的に動く様子は見られなかった。しかし念のため構えておこう。備えがあれば憂いはない。

それから数日は何事もなく平和に過ごしていた。たまに千代をからかい「若造、調子に乗ると痛い目をみせるぞ」と怒る様子を眺めるのが日課となっていた。家督を継いで以来、千代とは話す機会をあまり持てなかった。せめて会話くらいは、と思ったのだ。何となくであるが、自分のこの生活は長くは続かないとわかっている。対テロ特別警戒とはいえ、待機が終了したら護身用武器以外の装備を返納して帰宅。あとは久し振りに奥多摩ドライブに出かけるオフが待っている。それが俺の本来生きる世界なのだ。

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こちらの戦力は30人、槍や刀は予備も含めて使い古しが人数分しかない。全員が弓を使えるが、矢と替弦は不足。これで20倍近い敵を相手できるのか?と不安になり、千代の撹乱行動に期待するしかないことに溜息をついた。

ある日の夜、事態は急に動いた。
屋敷と蚕小屋が賊に狙われた、というより和田派の攻撃を受けた。少人数だったので対処できたが、本気で来られたらヤバい。鍔迫り合いの接戦で、太刀が1本使い物にならなくなった。刀同士を打ち合えば刃毀れが起こるし折れもする。21世紀まで残っていれば博物館級の代物だと思うが、戦いの道具なので仕方がない。
翌日、里長と数名の農民が館に現れた。
「鼎殿、遂に和田の使者が参りました。あと5日のうちに和田と手を組むか、鼎殿と共に追放されるか選べと…」
困ったことになった。義理に厚い里の人々が憔悴しきっている。
「成る程、和田も酷なことを言いよる。狙いは、ここの豊かな山、田畑と蚕だな」
「鼎殿、誠に申し上げにくいことですが、既に里には人質を取られた家もあり、このままでは御蚕様も…」
「ハハハ、嘉兵衛殿、そのような顔をなされるな。承知致した。数代に渡りこの地で世話になり、鼎の家は斯様に育つことが出来た。実はフッチャの平定に加勢せよと遠縁からせっつかれていてな…面倒事に巻き込まれるなら里の者に迷惑のかからぬ所のほうがよい。我々は福生郷に向かう。大ジジ様から代々、世話になった。」
頭を下げると、里長は恐縮してしまった。話は決まったと早速身支度を始めようとしたところ、止められてしまった。
「鼎殿、せめて数日間の兵糧でもお持ちください。明後日の昼までに用意します」「かたじけない、有り難く頂戴いたす」
里長を送り出した後、全員を集めて説明を行った。
「我々鼎一族、明後日の昼をもって日野原の里を出て、叔父御の蓋野平定に加勢致す。陣替えに異論は認めぬ。この里は和田の手の者に喉元を掴まれておる。友田か楢原か、はては何処の者とは知れぬが、これ以上はこの地に留まれぬ。今こそ新たな機運を掴む時ぞ」
置かれている状況も彼我の戦力差も、皆理解しているのだろう。反論は無かった。
先駆けとして2名を福生郷の親戚宅に送り出し、他の者は戦支度を始めた。兼業農家とはいえ本業の戦には慣れているので、手間のかかる準備といえば田畑の譲渡くらいなものだった。

2日後、干飯と干し蕨の味噌漬を里長から渡され、出立の準備は整った。
いよいよ出陣だ。


つづく




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Posted by m14gbbshooter at 01:29│Comments(0)
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